予断許さぬ日朝交渉

先日、藤沢市で開催された「拉致被害者と家族の人権を考える市民集会」に行ってきた。関係筋によれば再調査報告が最悪11月までずれこむおそれがあるとのことだ。日本が北朝鮮の提示した名簿を突き返したという話も出た。これに関して今月初めの日本外務省と北朝鮮国家保衛部の極秘協議に関する報道が参考になる(14/9/1日本テレビ)。

日朝外交筋によれば外務省の伊原純一アジア太平洋州局長が8月21日から2日間、マレーシアで国家安全保衛部幹部と協議、拉致被害者に関する具体的な情報を出すよう強く求めたということだ。この8月協議を受け、再調査報告が延期された可能性が高い。

一方、北朝鮮は日本の対北世論緩和を狙っている。8月30日から31日まで平壌でアントニオ猪木氏主催のプロレス大会が行われた。北朝鮮は日本最大の電子掲示板サイト2ちゃんねるが生放送することを認め、2ちゃんねる開設者の西村博之氏も平壌を訪れた。匿名のネット空間という性質上2ちゃんねるには悪口が溢れており、北朝鮮に関するそれも多い。北朝鮮にとって同サイトはまさに「尊厳を冒瀆」するものに他ならないが、日本のネット世論を意識し思い切った戦略を採ったのだろう。

このように見ていくと、日本が交渉において有利な立場にあると思われるが予断を許さない。注目すべきは中朝関係だ。両国の関係悪化を指摘する報道が多いが、筆者の見方は異なる。

例えば、レコードチャイナ日本語版は8月16日付で「金正恩第一書記が終戦記念日に中国を挑発、習近平主席を無視=祝電はプーチンだけ、中国激怒」という題名の記事を載せた。内容は題名のままなので抜粋しないが、二点誤りがある。

まず金正恩がプーチンに祝電を送ったのは、1945年にソ連軍が朝鮮半島に進駐した8月13日だ。また、より重要なのは、少なくとも2010年からの5年間、北朝鮮は日本の植民地支配からの解放に関して中国には祝電を送っていないということである。これは、日本敗戦時に朝鮮半島に進駐したのがソ連軍であったことを考えれば頷ける話だ。「金正恩は中国を挑発していない」のである。

むしろ、筆者は北朝鮮が対中関係改善を模索していると考える。7月に遡るが、11日の中朝友好協力相互援助条約締結記念日に労働新聞は、自らの命と引き換えに金日成を守った中国人抗日パルチザン張蔚華に関する記事を掲載した。

記事では金日成が「数多くの中国の同志らと恩人の中でも張を真っ先に思い浮かべる」語ったという部分がある。「恩は決して忘れていない。関係を修復したい」という北朝鮮の中国に対するシグナルだ。

一方、中国は北朝鮮を突き放しているようだ。国交樹立65周年という節目の年であるにもかかわらず2014年に入ってから「共産党の肩書」で訪朝した中国使節はいない。12、13年の7月に駐朝中国大使が主催していた上記の条約締結祝賀宴会は、2014年には開催されていない(駐朝中国大使館HP)。

ただし、北朝鮮は対日交渉において下手に出ざるを得ないという状況を避けるためにも中国との関係修復を模索していくだろう。ならば、日本は対中関係を改善し、対北交渉における自国の立場への理解を得るべきだ。拉致問題の一刻も早い解決を祈る。


※朝鮮民主主義人民共和国は北朝鮮と表記した。


堤一直(つつみ かずなお)
慶熙大学校附設国際地域研究院 日本学研究所 首席研究員
桜美林大学北東アジア総合研究所 客員研究員
大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター 客員研究員
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 博士後期課程研究指導終了退学。
tsutsu_k@yahoo.co.jp